ヨロンな日々 ④ [散歩組]
最終日の朝は少しだけゆったり目。
外は曇りがかった空。
そして朝食。
さて、昼過ぎには出発になるし、午前中何をしようかな。
数時間だけ自転車を借りて出かけるか?
だいごさんが「原付貸すから言って」って言ってくれてたんだけど、
免許取ってからこちら原付って乗ったこと無いし。
と遠慮してたんだけど、ここはいっそ、乗ってみちゃおうかな。
よし、思い切って原付借りちゃおう!
ということで、ビレッジの道路で2往復くらい慣らして、「OK、行ける!」
と原付を飛ばして半日楽しむことに。
まずは前日に回れなかった、空港の先の方までとにかく行ってみよう、ってね。
茶花の街も、少し超えてしまうとメイン道路に面した海岸も静か。
そのまま海沿いをひたすら行って、空港の北側に。
少し走ると、現時点で島の一番大きなリゾート施設「プリシア」に。
あ、プリシアってここだったんだ。
その先、空港への回り道はもう、ほとんど人も通らないんだろうね。
そこからは滑走路の下をくぐる、島唯一の「トンネル」をくぐってまた空港の北側に。
で、茶花でお土産でも買ってビレッジに戻ろうかな。
・・・いや、まだ時間あるな。どこか行っちゃおう。
と、「鍾乳洞に行きそびれたのが心残り」と言ってたたかちゃんの言葉を思い出し、
行ってみよう、原付なら10分くらいで着くだろ、と。
車も人も全然通ってない1本道を、
「とーーおーく向かあってーー 走るぼくのビートルーーー!」
ってSunny Funnyの『スクーター』を大きな声で歌っちゃったりしてね。
方角だけをたよりに大して地図も見ずに走らせて行ったところ、
まるでいろは坂か!ってほどのすごい坂道に出くわして。
原付でよかった、と思いながら上りきる。
上の道に出たところで、ちょっとした駐車場のようなスペースがあったので、
ここから見下ろしてみよう、気持ち良さそうだし、と原付止めて。
すると、1人のおばあちゃんが先にそこから下を見てる。
「旅行?」「はい。」なんてところからおしゃべりが始まってね。
おばあちゃん、坂の下の「あそこに見える牛舎」とそのとなりの畑で仕事をしてて、
家は坂の上の城(ぐすく)だそうだ。
毎日このくらいの時間に一度家に戻る途中、ここでこうして下の立長(りっちょう)の町を見下ろしてると言う。
「どれだけ見てても飽きない」と。鳥の鳴き声もきれいに聞こえる。
昔は単車なんかないからここ歩いて上って、大変だったのよ、と。
「あ、うちの車、今入って行ったわ」なんてたわいもないこととか、
2,3年前に大潮と高波で下の町全部やられちゃって、牛も流されてダメだった、とか、
そんないろいろを教えてくれた。
なんだかんだで20分くらい立長を見下ろしながらしゃべってたかな。
「じゃ、そろそろ行きますね」って先においとま。
あらためて地図を見直して、鍾乳洞の位置を確認。
あ、昨日見た「マリンパレス」(本当は星砂荘)のそばなのか。
で近くまで行くと案内板が出てるのだが、現場に行っても「あれ、やってるのかな?」という様相。
おそるおそる受付に行ってみると、先のお客様がちょうど出るところだったらしい。
軽く説明してもらってからいざ地中へ。
あ、ここちょっとだけ、1人だと怖いかも。
明かりも点いてるし大丈夫ではあるんだけど、ふと何かに襲われそうな。
途中に水を脇に流すためのポンプがずっと作動してて、その音だけが響き渡ってる。
全部見て回っても10分そこらで戻ってくられるくらいの小さな鍾乳洞でも、
その空気は十分に堪能できてね。
受付に戻ると、ひょろっとした感じのお兄さんが「お疲れさまでした。お茶でもどうですか」と、
お茶を用意して待っててくれて。
「よくまあこんなものを見つけたもんですね」なんてことから話し始める。
お兄さんの説明によれば、戦時中は防空壕としても使ってただろう、とか、
それ以前から近隣の人には、水の利用場所として知られていたんじゃないか、ということ。
それを聞いて、ちょっと切り出してみた。
「昨日、『屋川(ヤゴー)』に行ってみたんですが、入るのを断念しました」と。
すると、そのことについても細かく教えてくれた。
実は屋川のそばにも1つ鍾乳洞があって、その敷地の持ち主が、
屋川と合わせて管理し開放してたのだそうだ。
ただ、どれくらいか前に、高齢のために管理をやめ、鍾乳洞の方も閉めたそう。
屋川の方は地元でも誰も管理しなくなって、そのままに。
数年前に一度きれいにしようと整備を試みた時には、
すぐそばに牛舎が出来た影響か、水が濁って匂いも出てしまってて、
観光資源にはもうできない、ということになったらしい。
「自分が小さい頃は、夏場はひんやりしててよく涼んでたんですよ」って。
子どもたちにとってはそういう場所だったのね。
ちなみに「島のほかのエリアの人は、ここに鍾乳洞があるのを知らない人も多いと思います」と。
観光に携わってなければ、全然縁がないことだし、知ってても来たことは無い、とかね。
「そういえば、百合が浜で地元の人と一緒になったんですが『初めて来た』って言ってました」
と言うと、「自分、それです。」って。そんなものよね。地元の観光地って。
さて、昼も近づき一路ビレッジへ。
原付は速くて楽でいいけど、回りの音が聞こえないのがもったいないね。
自転車だと鳥が鳴いてたり牛が啼いてたり、いろいろ聞こえるのに。
その辺は、使い分けだなぁ、と思った次第。
ビレッジに戻ると、1時間早い鹿児島便で立つまりえちゃんが鶏飯を食べ終わってたところ。
ぼくももちろんこれを食べに帰って来た訳だが。
まりえちゃんは今は大阪で仕事してるけど、
思い切って離島に住んでしまおうか、と考えてたようで、
与論に来たその日から、わりと真剣にモードに入ってしまった様子。
「次に来た時には島の人になってるかもね」なんて話をしながら、お別れ。
せっかくなので、最後にだいごさんと3人で写真撮りましょう、って。
で、ぼくはゆっくり鶏飯をいただいて。
鹿児島出身のまりえちゃんの話では「給食にも出るんですよ。」とのこと。
給食に鶏飯が出る日はみんな喜ぶんだけど、ほかにおかずが無く「鶏飯と牛乳」みたいになるのだとか。
出発時間までは、あらためてビレッジの敷地を散歩。
「めがね」の撮影に使われたペンション棟の前で写真を撮ったりとかしながらね。
ちょうどこの日は非番だった、住み込みの子ともいろいろ話して。
今の時期はのんびりしてるけど、もう少しすると忙しくなるから、
今のうちに休んだりのんびりしておくのがいいよ、と言われたとか。
やはり、観光としては狭間の、あまり人の少ない時期に行かれたんだな。
いい時期選べてよかった。というか、その時期に呼ばれたんだな、おれ。
だいごさんに空港まで送ってもらいながら、午前中のことを話す。
「え、鍾乳洞行ったの?入ったの?今の時間で?すごいね」と。
短い時間でも相当アクティブに動いてたことに少々驚かれた。
しかしそれよりこっちが驚いたのは、
「受付にいた兄ちゃんって、それ、今こっちで一緒にバンドやってるベーシストだ、多分。」と。
なんだ、だいごさんの名前出せばよかった。
というか、どこ行ってもだいごさんの名前出したら、みんな知り合いなんじゃないだろか。
車の中でそんなことを話しながら、
もはや、久しぶりに会いに来た友達としゃべってるみたいな感覚。
「また連休できたらいつでもおいでよ」って。うれしいね。
「今度はキタムラナオコと時期を合わせて、ライブしますよ」
いつか必ず、実現させに行こう。
空港に着くと、少々飛行機遅れてる様子。
「じゃ、行ってらっしゃい!」と別れの握手をがっちりとして。
しばらく飛行機の到着を待ちながら売店でお土産買ったりして。
ベンチで待ってたらだんだん眠くなって来た。
で、3日間のことをいろいろ思い出して。
到着側が慌ただしくなって来て、どうやら那覇からの人たちが流れ込んで来た様子。
ふと空港の外を見たら、新しいお客さんを乗せただろう、だいごさんの車が出て行った。
そうだよな、今日からのお客さんがまたいるんだもんな。
ぼくも明日には、お店の音楽を楽しみに来てくれる人の前で演奏するんだし。
そうしてお互いの仕事をして、またここに来よう。
その時はほんとに、久しぶりの友達に会いにくるんだ。
そうして、50人乗りの小さな飛行機で、与論を後にしたのでした。
また来るね。
外は曇りがかった空。
そして朝食。
さて、昼過ぎには出発になるし、午前中何をしようかな。
数時間だけ自転車を借りて出かけるか?
だいごさんが「原付貸すから言って」って言ってくれてたんだけど、
免許取ってからこちら原付って乗ったこと無いし。
と遠慮してたんだけど、ここはいっそ、乗ってみちゃおうかな。
よし、思い切って原付借りちゃおう!
ということで、ビレッジの道路で2往復くらい慣らして、「OK、行ける!」
と原付を飛ばして半日楽しむことに。
まずは前日に回れなかった、空港の先の方までとにかく行ってみよう、ってね。
茶花の街も、少し超えてしまうとメイン道路に面した海岸も静か。
そのまま海沿いをひたすら行って、空港の北側に。
少し走ると、現時点で島の一番大きなリゾート施設「プリシア」に。
あ、プリシアってここだったんだ。
その先、空港への回り道はもう、ほとんど人も通らないんだろうね。
そこからは滑走路の下をくぐる、島唯一の「トンネル」をくぐってまた空港の北側に。
で、茶花でお土産でも買ってビレッジに戻ろうかな。
・・・いや、まだ時間あるな。どこか行っちゃおう。
と、「鍾乳洞に行きそびれたのが心残り」と言ってたたかちゃんの言葉を思い出し、
行ってみよう、原付なら10分くらいで着くだろ、と。
車も人も全然通ってない1本道を、
「とーーおーく向かあってーー 走るぼくのビートルーーー!」
ってSunny Funnyの『スクーター』を大きな声で歌っちゃったりしてね。
方角だけをたよりに大して地図も見ずに走らせて行ったところ、
まるでいろは坂か!ってほどのすごい坂道に出くわして。
原付でよかった、と思いながら上りきる。
上の道に出たところで、ちょっとした駐車場のようなスペースがあったので、
ここから見下ろしてみよう、気持ち良さそうだし、と原付止めて。
すると、1人のおばあちゃんが先にそこから下を見てる。
「旅行?」「はい。」なんてところからおしゃべりが始まってね。
おばあちゃん、坂の下の「あそこに見える牛舎」とそのとなりの畑で仕事をしてて、
家は坂の上の城(ぐすく)だそうだ。
毎日このくらいの時間に一度家に戻る途中、ここでこうして下の立長(りっちょう)の町を見下ろしてると言う。
「どれだけ見てても飽きない」と。鳥の鳴き声もきれいに聞こえる。
昔は単車なんかないからここ歩いて上って、大変だったのよ、と。
「あ、うちの車、今入って行ったわ」なんてたわいもないこととか、
2,3年前に大潮と高波で下の町全部やられちゃって、牛も流されてダメだった、とか、
そんないろいろを教えてくれた。
なんだかんだで20分くらい立長を見下ろしながらしゃべってたかな。
「じゃ、そろそろ行きますね」って先においとま。
あらためて地図を見直して、鍾乳洞の位置を確認。
あ、昨日見た「マリンパレス」(本当は星砂荘)のそばなのか。
で近くまで行くと案内板が出てるのだが、現場に行っても「あれ、やってるのかな?」という様相。
おそるおそる受付に行ってみると、先のお客様がちょうど出るところだったらしい。
軽く説明してもらってからいざ地中へ。
あ、ここちょっとだけ、1人だと怖いかも。
明かりも点いてるし大丈夫ではあるんだけど、ふと何かに襲われそうな。
途中に水を脇に流すためのポンプがずっと作動してて、その音だけが響き渡ってる。
全部見て回っても10分そこらで戻ってくられるくらいの小さな鍾乳洞でも、
その空気は十分に堪能できてね。
受付に戻ると、ひょろっとした感じのお兄さんが「お疲れさまでした。お茶でもどうですか」と、
お茶を用意して待っててくれて。
「よくまあこんなものを見つけたもんですね」なんてことから話し始める。
お兄さんの説明によれば、戦時中は防空壕としても使ってただろう、とか、
それ以前から近隣の人には、水の利用場所として知られていたんじゃないか、ということ。
それを聞いて、ちょっと切り出してみた。
「昨日、『屋川(ヤゴー)』に行ってみたんですが、入るのを断念しました」と。
すると、そのことについても細かく教えてくれた。
実は屋川のそばにも1つ鍾乳洞があって、その敷地の持ち主が、
屋川と合わせて管理し開放してたのだそうだ。
ただ、どれくらいか前に、高齢のために管理をやめ、鍾乳洞の方も閉めたそう。
屋川の方は地元でも誰も管理しなくなって、そのままに。
数年前に一度きれいにしようと整備を試みた時には、
すぐそばに牛舎が出来た影響か、水が濁って匂いも出てしまってて、
観光資源にはもうできない、ということになったらしい。
「自分が小さい頃は、夏場はひんやりしててよく涼んでたんですよ」って。
子どもたちにとってはそういう場所だったのね。
ちなみに「島のほかのエリアの人は、ここに鍾乳洞があるのを知らない人も多いと思います」と。
観光に携わってなければ、全然縁がないことだし、知ってても来たことは無い、とかね。
「そういえば、百合が浜で地元の人と一緒になったんですが『初めて来た』って言ってました」
と言うと、「自分、それです。」って。そんなものよね。地元の観光地って。
さて、昼も近づき一路ビレッジへ。
原付は速くて楽でいいけど、回りの音が聞こえないのがもったいないね。
自転車だと鳥が鳴いてたり牛が啼いてたり、いろいろ聞こえるのに。
その辺は、使い分けだなぁ、と思った次第。
ビレッジに戻ると、1時間早い鹿児島便で立つまりえちゃんが鶏飯を食べ終わってたところ。
ぼくももちろんこれを食べに帰って来た訳だが。
まりえちゃんは今は大阪で仕事してるけど、
思い切って離島に住んでしまおうか、と考えてたようで、
与論に来たその日から、わりと真剣にモードに入ってしまった様子。
「次に来た時には島の人になってるかもね」なんて話をしながら、お別れ。
せっかくなので、最後にだいごさんと3人で写真撮りましょう、って。
で、ぼくはゆっくり鶏飯をいただいて。
鹿児島出身のまりえちゃんの話では「給食にも出るんですよ。」とのこと。
給食に鶏飯が出る日はみんな喜ぶんだけど、ほかにおかずが無く「鶏飯と牛乳」みたいになるのだとか。
出発時間までは、あらためてビレッジの敷地を散歩。
「めがね」の撮影に使われたペンション棟の前で写真を撮ったりとかしながらね。
ちょうどこの日は非番だった、住み込みの子ともいろいろ話して。
今の時期はのんびりしてるけど、もう少しすると忙しくなるから、
今のうちに休んだりのんびりしておくのがいいよ、と言われたとか。
やはり、観光としては狭間の、あまり人の少ない時期に行かれたんだな。
いい時期選べてよかった。というか、その時期に呼ばれたんだな、おれ。
だいごさんに空港まで送ってもらいながら、午前中のことを話す。
「え、鍾乳洞行ったの?入ったの?今の時間で?すごいね」と。
短い時間でも相当アクティブに動いてたことに少々驚かれた。
しかしそれよりこっちが驚いたのは、
「受付にいた兄ちゃんって、それ、今こっちで一緒にバンドやってるベーシストだ、多分。」と。
なんだ、だいごさんの名前出せばよかった。
というか、どこ行ってもだいごさんの名前出したら、みんな知り合いなんじゃないだろか。
車の中でそんなことを話しながら、
もはや、久しぶりに会いに来た友達としゃべってるみたいな感覚。
「また連休できたらいつでもおいでよ」って。うれしいね。
「今度はキタムラナオコと時期を合わせて、ライブしますよ」
いつか必ず、実現させに行こう。
空港に着くと、少々飛行機遅れてる様子。
「じゃ、行ってらっしゃい!」と別れの握手をがっちりとして。
しばらく飛行機の到着を待ちながら売店でお土産買ったりして。
ベンチで待ってたらだんだん眠くなって来た。
で、3日間のことをいろいろ思い出して。
到着側が慌ただしくなって来て、どうやら那覇からの人たちが流れ込んで来た様子。
ふと空港の外を見たら、新しいお客さんを乗せただろう、だいごさんの車が出て行った。
そうだよな、今日からのお客さんがまたいるんだもんな。
ぼくも明日には、お店の音楽を楽しみに来てくれる人の前で演奏するんだし。
そうしてお互いの仕事をして、またここに来よう。
その時はほんとに、久しぶりの友達に会いにくるんだ。
そうして、50人乗りの小さな飛行機で、与論を後にしたのでした。
また来るね。
2017-06-01 11:07
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